2003年06月05日
「self and others」
飯沢耕太郎先生二回目の授業。この授業は、文芸学科の公開授業だが、文芸学科の学生の次に写真学科の登録学生が多いのは、このオムニバス授業に飯沢先生が名を連ねているからだろうと思う。 まず飯沢先生は、最近都内近辺で開催されている、もしくは開催予定の写真の展覧会や個展の紹介から話を始められた。 本日のメイントピックは、写真家、牛腸(ごちょう)茂雄の人物像と作品についてであった。
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まず牛腸の生い立ちや人となりなどについて飯沢先生は説明をされた。牛腸は1946年、新潟県生まれ。高校を出てから1965年、桑原デザイン研究所に入所。その後、グラフィック・デザイナーとして働きながら写真を撮る。骨に若いときから胸椎カリエスを患っていた牛腸は、身長140cmくらいと小柄な人物であった。牛腸の代表作は自費出版による写真集「self and others」(白亜館、1977)である。
飯沢先生はスライドで「self and others」に掲載されている写真をスクリーンに投影しながら説明を行った。デザイン研究所時代や仕事を始めてからの友人たちの写真が多い。その中の数点、仲睦まじい夫婦や幸せそうな妊婦を描いた写真は、結婚せず自分中心の家庭を持たなかった牛腸の憧れなのかもしれない、と先生は説明された。ほとんどが人物や日常の風景をごくを自然に撮影したものだった。しかし、一枚の写真は牛腸が若い頃に係わっていた自主制作映画で使用した部屋、それは家具や部屋の壁の色を真っ白にして、さらに、部屋の窓ガラスをすべて取っ払った上で、人物を横たえたものだった。どういう意図でこの写真を挿入したのかはわからなかったが、印象的な写真であった。
この写真集には一枚だけ、牛腸自信が登場している写真(雑誌の表紙に使われているもの)がある。飯沢先生によれば、牛腸はR.Dレインなどの精神分析学を非常に熱心に勉強したのだそうだ。日本人の精神科医の写真もあったことから、じっさいに精神分析を牛腸自身受けたことがあるのかもしれない。牛腸が映っている写真の壁には、ロールシャッハテストに使ったと思われる黒いインクの模様が額の中に飾られていたのが、印象的だった。
彼は自分の死が近いことを予感しながらシャッターを切り続けた。カメラを通して、他人と向かい合うだけでなく、自分と向かい合っている様子がよくわかる。そのことを写真集の表題としてストレートに名付けたのが牛腸の代表作「self and others」(自己と他者)なのだと思われる。牛腸は1983年36歳で、心不全によりその人生を終えた。
日時: 2003年06月05日 07:09 | パーマリンク |TOPページへ ▲画面上へ
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