2004年07月27日
飯沢耕太郎氏 ~デジグラフィとは何か~

前期の授業もいよいよ今日で最終回。飯沢先生の講義も今回で終了とあってか、教室はいつにもまして満席状態である。席がなく、立ったままノートをとる学生もいた。
「これまではアナログカメラの写真と写真家について講義をしてきました。でも皆さんご存知のように、ここ数年、フォトグラフィの世界に大きな変化が起こっているんですね」
いわゆるデジカメの普及である。写真に限らず、映画など映像表現全般にいえることだが、デジタル化の波が急激に押し寄せているのだ。思えば、カメラ付き携帯電話の登場からわずか3年余りしか経っていない。にもかかわらず、ケイタイを片手で固定し写真を撮るあのポーズは街ですっかりお馴染みになった。 2002年にはデジタルカメラの出荷量がアナログカメラを上回っている。当然の流れとして、デジタルカメラを愛用する若い写真家が増え、印画紙のかわりにパソコンの画面上で作品を発表するアーティストも出てきた。
表題の「デジグラフィ」は飯沢先生の造語である。「デジタル写真という言葉はどうにも据わりが悪いというか、しっくりこない」という違和感を抱き続け、「本来は別物である写真とデジタルをくっつけて呼ぶというのはなんか、変でしょ」と思い至った。そこで、フォトグラフィ(photography)に対応する言葉としてデジグラフィ(digigraphy)をつくったという。
先生がデジタルカメラを使い始めたのは2002年、「写真新世紀」というコンテストが十周年を迎えたときだ。創立以来審査員を務めていらした先生に、主催者のキャノンが記念品として自社のデジタルカメラとプリンターを贈呈した。それで写真を撮り、画像をプリントアウトしてみたところ…。
「ショックでした」。アナログカメラと殆ど差がない、ひょっとするとそれよりクオリティの高い画像がボタン一つでプリントアウトできるという事実に、これまでアナログ写真が築いてきた技術は、あの苦労はなんだったんだという気にさせられたという。

アナログカメラとデジタルカメラの違いがどこにあるかというと、それはフィルムの部分にある。デジタルカメラにはフィルムの替わりにCCDという半導体を用いる。CCDは画像を電子信号に変換し、数値化して記憶する。このメモリーを記録しておきコンピューターに読み取らせる。すると数値が画像に変換され、パソコン画面上やプリンターに出てくるというわけである。
最終的に私たちが目にするものは写真という物質である。これはアナログもデジタルも違いはない。ただ、アナログ写真の原形はフィルムという物質であるのに対し、デジタル写真の原形は電子信号という実体のない非物質的記号である。この非物質性がデジグラフィの大きな特質なのだ。たしかにそう言われてみると、アナログ写真に感じるある種の安定感が、デジタル写真には欠けるような気がする。
デジグラフィの特徴は5つ。改変性 現認性 蓄積性 相互通信性 消去性 である。
一つづつ説明すると、は画像データーの変更や組み替えが容易にできるということである。アナログ技術では大変な手間がかかる加工も、クリック一つでおしまい。かつては暗室で何時間もかかった作業が、である。しかしその手軽さは、写真の真実性を希薄にした。海外の新聞社がねつ造写真を掲載した事件など、特に報道写真の分野で弊害を生んでいるという。一方、アートの写真は真実性が第一義ではないため、改変性を利用して写真をより独創的にしようとする写真家もいる。

は現場で画像を確認できるということである。例えばスポーツ写真では、いわゆる決定的瞬間というやつがあり、それを写すのがカメラマンの使命ともなっている。アナログでは撮った結果をその場で確認できない。もし決定的瞬間を撮り逃していたらおおごとである。だから失敗に備えて余分に撮り貯めするなどの工夫が必要だった。デジグラフィでは、どうしても逃せない一瞬を捕まえようと思ったら、いちいちシャッターを押すまでもない。ビデオカメラのように機械的に連写しておき、現場でその映像を確かめながらこれというものを選べばよいのだ。失敗を恐れる必要はなくなったが、やはり撮影方法の違いからだろうか、デジグラフィの写真には、決定的瞬間に値する緊張感が欠けると言われる。
CDログで大量な画像をコンパクトに保存できるようになったことを指す。ただし、CDログとて永遠に壊れない訳ではない。一説に寿命は30年と言われ、寿命が来れば磁気データーは自動的に破損するかもしれないのだ。さらに数値を画像化するためのメモリー読み取り装置が必要で、この装置の方に異変が起きたらCDログはただの金属の塊と化してしまう。このようなことを考え合わせると、印画紙に転写した写真の方が保存性は高いかもしれない。
今や世界中を網羅するインターネットのことである。インターネットにより、画像を大量に、即時に、正確に送受信できるようになった。これは画期的なことだが、ネットの世界は膨張しつづけ、現実から遊離してもう一つの世界を作ってしまっている。擬似現実をあたかも現実と錯覚する危険は、多くの人が思い当たるだろう。
ボタンで画像を一瞬のうちに、簡単に消去できるということ。所詮メモリー内のデーターだから可能なことで、アナログではこうはいかない。消去するには、フィルムを焼くなり何らかの手間がかかるし、物質だから全くゼロに還るわけではない。

総括すると、デジグラフィの性質は、消去可能の儚さ、脆さ、非物質的な不安定感といえる。表現手段として考えるときこれらは欠点にもなる。しかし逆手にとって長所ととらえ、デジタルならではのテイストを打ち出すこともできるだろう。
ひととおり講義が終わり、「では実際に見てみましょう」と、インターネット画面がスライドに映しだされた。先生はパソコンを操りながら、webサイトで作品を発表しているアーティストを紹介された。最近このてのアーティストは多いが、その中でも目立った活躍をしている三人、小林のりお、内原恭彦、永沼敦子の作品を目にすることができた。
検索すればアドレスが見つかると思うので、ぜひ見てみてください。それぞれ素敵なデジグラフィです。私はやはり、フォトグラフィが好きですが…。
日時: 2004年07月27日 13:11 | パーマリンク |TOPページへ ▲画面上へ
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