HOMERSSサイトマップ

●ABOUTジャーナリズム論2カテゴリー

「文芸学科 授業レポート」のカテゴリ「ジャーナリズム論2」に投稿されたすべてのエントリのアーカイブのページが、新しい順番に並んでいます。
1つ前のカテゴリーは、このサイトについて です。 次のカテゴリーは、マンガ論 です。

2003年09月25日

ウォーターマン、荒木汰久治氏

 本日のゲストは荒木汰久治さん。大学時代よりライフセービングを始め、96年には全日本ライフセービング選手権・サーフ・スキー部門で優勝、三連覇を含む四度の優勝を経験、ライフセービング世界選手権6位の実績を持つ。大学卒業後はプロ・オーシャン・アスリートとして、モロカイレースを中心に国内外のパドルボードやカヌーなどのレースに挑戦、世界的に活躍している。モロカイレース、現日本最高記録保持者である。

 そんな彼であるが、実はもともとはカナヅチであったという。それが今では海洋文化の伝道師として、世界の選手権に出場したり、ハワイでライフガードの授業を教えている。

続きを読む "ウォーターマン、荒木汰久治氏" »

日時: 2003年09月25日 17:10 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2003年06月19日

モデル・俳優・映画監督、伊勢谷友介氏

iseya.jpgホストは新井先生。授業内ゲストはモデル、俳優、そして映画監督でもある伊勢谷友介氏。近日公開予定の映画『カクト』で伊勢谷氏は監督・脚本・主演をこなした。前回、石川直樹氏がゲストとしていらっしゃった時に、授業の雰囲気を視察がてらに遊びに来てくれた時にも思ったが、その8等身のスタイルの良さは存在自体が美しいし、オーラを放っている。テレビのブラウン管や映画のスクリーンの中にいたら、個人的には何とも思わなかったかもしれない。いわゆる有名人の部類に入る人たちを目にする機会は東京に住んでいると結構多い。しかし、現役の男性モデルを目にした機会は初めてだったので、いささか圧倒された。
 

続きを読む "モデル・俳優・映画監督、伊勢谷友介氏" »

日時: 2003年06月19日 18:45 | | コメント (0) | トラックバック (1)

2003年06月05日

「self and others」

飯沢耕太郎先生二回目の授業。この授業は、文芸学科の公開授業だが、文芸学科の学生の次に写真学科の登録学生が多いのは、このオムニバス授業に飯沢先生が名を連ねているからだろうと思う。

 まず飯沢先生は、最近都内近辺で開催されている、もしくは開催予定の写真の展覧会や個展の紹介から話を始められた。

 本日のメイントピックは、写真家、牛腸(ごちょう)茂雄の人物像と作品についてであった。

続きを読む "「self and others」" »

日時: 2003年06月05日 07:09 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2003年05月29日

冒険家、石川直樹氏

石川直樹氏が本日の授業内ゲストとして来てくれた。石川直樹氏は、世界7大陸において最高峰の山を最年少で制覇した人物である。それだけではない。北極から南極への縦断を果たした「Pole to Pole 2000」(詳しくは、石川直樹氏の公式サイト内のこちらを参照していただきたい)においては世界七カ国八人の若者のうちの一人でもある。それ以外にも、アジアを中心に世界のあちこちを旅している。また、スター・ナヴィゲーション、星の位置を読んで現在地をわりだし、航海するさいの判断材料にする技術を、サモアのマオ氏に弟子入りして学んでいるという。詳しいプロフィールや活動などは氏の公式ホーム・ページNaoki Ishikawa's WEB SITEを参照されたい。

続きを読む "冒険家、石川直樹氏" »

日時: 2003年05月29日 01:54 | | コメント (1) | トラックバック (3)

2003年05月22日

写真家、星野道夫の生き方

登録学生があまりにも多く、約80人収容の教室では立ち見が多く出てしまうので、とうとう本日より教室変更になった。


本日の担当は新井先生。ビデオを三本ほど使って、写真家星野道夫についてさまざまな側面からの紹介が先生からあった。
 


 
 

アラスカ永遠なる生命(いのち)
『アラスカ永遠なる生命(いのち) 』

   

 星野道夫はアラスカに住んで写真を撮ってみたい、と考えた。それを実現するために彼が最初に行ったのは、知り合いのいないアラスカの街の誰か向けて手紙を書くことだった。そのために英語も勉強した。

 そもそも星野はアラスカで自分なりのテーマを数年間追った後は、またどこかの地に移動して写真を撮り続けるつもりだった、とビデオの中で答えていた。しかし、彼は、アラスカから離れることはなく、熊に襲われて死んでしまうまで、生を送った。星野は地元の人々の中にも溶けこんでいて、エスキモー・ボーイというあだ名で呼ばれてさえいた。

 星野と友人だったという新井先生は、いろいろと印象深いエピソードを紹介してくれた。たとえば、星野道夫はどうしても勉強したいことがあって、アラスカ大学の入学を希望した。しかし、現実にはTOEFLのスコアがかなり足りなくて、それは許可されなかった。しかし、その熱意を伝えるために彼は大学の学部長に手紙を書いた。彼の情熱を汲み取った手紙を受け取った人物は、星野の入学を許可した。

 

続きを読む "写真家、星野道夫の生き方" »

日時: 2003年05月22日 21:48 | | コメント (0)

2003年05月15日

スポーツ記者、赤羽先生

赤羽先生の初授業日。
授業風景

講師室に先生がいらっしゃっていると聞いて挨拶にいく。新井先生や飯沢先生よりも年齢的にはひとまわり上の印象である。

話の枕は、ヨルダンの空港で毎日新聞記者が起こした爆破事件と、ニューヨーク・タイムズの記事捏造発覚事件だった。次に、ごく簡単な先生の自己紹介をされた。赤羽先生はオリンピックの取材を専門にされてきたスポーツ記者である。

続きを読む "スポーツ記者、赤羽先生" »

日時: 2003年05月15日 07:14 | | コメント (0)

2003年05月08日

写真評論家、飯沢耕太郎先生

飯沢耕太郎先生の授業初日である。
授業風景

助手の山下さんから授業前に、飯沢先生に簡単に紹介してもらって顔合わせをする。急遽授業にスライドを使用したい、という申し出が先生からあり、助手の青木さんにセッティングやスライドの切り替えなどをやっていただくことになった。

授業開始。まずは先生の自己紹介。黒板に飯沢耕太郎(いいざわ こうたろう)、写真評論家と板書をしてから話を始められた。飯沢先生は日本大学芸術学部の写真学科出身である。授業を履修している学生に写真学科の人間が結構多いことを確認されると「なんだ、こんなに写真学科がいるのか、やんなっちゃうな」などと飯沢先生はおどけた。

始めのポイントは、自分がなぜ写真家にならず、写真評論家になったのか、という点だった。大学に入った時点では、まだ写真家志望だったということだ。しかし、池袋西武で開かれた『ダイアン・アーバス展』を見に行ったとき、自分はこれを越えられるものは撮れないんじゃないか、と思ったそうである。


続きを読む "写真評論家、飯沢耕太郎先生" »

日時: 2003年05月08日 21:37 | | コメント (0)

2003年04月24日

学生たちによる「旅」をめぐるエピソード

カメラのセッティングのために授業開始5分くらい前に教室に行くと、もう学生がずいぶん来ていて、三脚を置くためのスペースが余裕を持って取れなかった。初回よりも学生の人数が増えた感じである。とうとう学生は廊下にあふれ出し、全員を教室に入れるために中の学生に移動をお願いしなければならなかった。
授業風景
印象に残った「旅」について、学生を指名して語らせることが本日の授業のメインであった。学生に一通り語らせたあとで、新井先生がもう一段話を掘り下げるために質問をする。しかし、その質問の仕方は、こういう答えを引き出してやろう、という感じではなく、あくまでそこに興味があるから尋ねているんだ、という印象を与えるものだった。だからこそ、学生も質問によって緊張したりすることなく、素直に語ることができるのだと僕は感じた。

参加学生の「旅」をめぐるエピソードは予想していたよりもずっと多様で興味深いものだった。

続きを読む "学生たちによる「旅」をめぐるエピソード" »

日時: 2003年04月24日 06:58 | | コメント (0)

2003年04月17日

雑誌『Switch』編集長、新井敏記先生

Switch (Vol.19No.10)  江古田。日本大学芸術学部。新井敏記氏は本年度、芸術学部文芸学科の科目ジャーナリズム論2を担当される。新井先生は同大学芸術学部文芸学科の卒業生で、現在は雑誌『SWITCH』編集発行人として活躍されている。昨年、新井敏記氏には文芸学科で特別講座をお願いした。それが学生たちから大好評だったことから本年度より、文芸学科で週に一度教鞭をとってもらうよう大学側からお願いし、それが実現したという形だと思う。そのあたりの正確な経緯は一介の大学院生である僕にわかるはずもなく、想像の範囲内のことであるけれども。

新井先生の強みの一つは幅広い人脈であろう。この授業の担当講師として名を連ねているジャーナリストの赤羽紀元氏、写真評論家として有名な飯沢耕太郎氏はもちろんであるが、それだけではない。写真家の荒木経惟氏、作家の池澤夏樹氏、音楽家の佐野元春氏など、その一部を耳にしただけでも小さなジャンルに縛られない人脈が想像できるだろう。

続きを読む "雑誌『Switch』編集長、新井敏記先生" »

日時: 2003年04月17日 18:37 | | コメント (0)

Copyright (C) 文芸学科 授業レポート.